[所在地]鳥取県日野郡日野町金持

 発見は約250〜300年前の江戸時代と言われている。銅,亜鉛を採掘していた鉱山である。最初は銅を採掘していたが後には亜鉛を主に採掘していた。昭和16〜20年ごろ盛大に稼行された。その後もしばらく稼行され,少なくとも昭和31年当時には稼行されていた記録が残っている。ズリの大きさからして結構盛大に稼行した様子がうかがわれる。古生層の緑色千枚岩と石英片岩付近の接触交代鉱床(スカルン鉱床)である。後谷地区から渓流沿いの山道を20分〜30分くらい歩くかまたは整備された林道を通っていくと到達する。後谷地区からの山道は一部渓流を渡ったりするなど歩きやすいものではない。また整備された林道はズリの途中に出る。鉱山付近はかなり山深い所である。山道を進んで行って最初に見えるズリは,大きさ幅10m長さ20m程度とあまり大きくない。ズリ中には方解石が見られた程度で金属鉱物もほとんどなく,あまり目立った鉱物は見られなかった。ズリを登ったところには転々と鉱山施設の遺構が見られる。遺構の近くにも鉱石が転がっている。また,川沿いにはトロッコの軌道敷きと思われる設備跡も残っていた。さらに上のズリでは黄銅鉱,閃亜鉛鉱や閃亜鉛鉱上に少量ながら鮮やかな黄色を示す硫カドミウム鉱または方硫カドミウム鉱,黄鉄鉱,磁硫鉄鉱が見られた。また脈石鉱物では微小のザクロ石といわゆる鉄角閃石が見られた。さらに林道を挟んだ下のズリではやや大きめの磁硫鉄鉱が転がっていた。林道を挟んだ上のズリでは金属鉱物は少ないが,水亜鉛土,鉄明礬石,葡萄石,濁沸石,束沸石−Caなどの沸石類の鉱物なども見られた。また一部に露頭が見られ,このズリの一番上部には坑口が開口している。