[所在地]広島県福山市赤坂町大字赤坂〜早戸

  発見の時期は大同年間(806年)と古く,昭和28年まで断続的に銅を採掘していた鉱山である。小字勝負にあるので勝負銅山と呼ばれることもある。地上からでは分かりにくいがかなり盛大に稼行されたようで,「赤坂町誌」によると地下は縦横無尽に採掘されているとのことである。中には地下に畳10枚分ほどの空間もあるそうだ。付近には飯場や宿舎や長屋などがあったと伝えられている。地元の人の話では最後の稼行時にはズリ中の金属鉱物を拾い集めて愛媛県の四阪島に送っていたいたということである。花崗岩中の高温熱水鉱脈鉱床または気成鉱床と思われる。鉱山の入口付近には説明看板が立てられており,看板付近にも坑口や小さいながらも古いズリが残っている。道を進んで行った先にはズリがあり,左側には坑口が開いている。坑口は山の反対側まで貫通していたそうであるが,反対側の坑口は潰れかかっている。地元ではこのズリは鉱毒で植物が生えない場所として知れ渡っている。実際ズリは砒素の含有量が高そうだ。ズリは花崗岩が風化してできた真砂土になっておりグライゼン化が進んでいる。ズリ中の金属鉱物は最後の稼行時の事情もあり硫砒鉄鉱を除いて余り多くなく,黄銅鉱,閃亜鉛鉱,方鉛鉱,黄鉄鉱及び輝水鉛鉱がわずかに見られる。一方二次鉱物は孔雀石,藍銅鉱,ブロシャン銅鉱のほか,硫砒鉄鉱の分解が進んでいるためかベイルドン石,ミメット鉱,スコロド石,ビューダン石,洋紅石,毒鉄鉱,セグニット石,ヒダルゴ石などの様々な砒酸塩鉱物が見られる。特にビューダン石はミメット鉱様鉱物の上に後から生成され,中のミメット鉱様鉱物が溶け去り骸晶になり,針状あるいは棒状またはストロー状になったものが見られることがある。また,非常に希にオリーブ銅鉱,パルノー石,葉銅鉱も見られる。オリーブ銅鉱はX線回折分析及びEDS分析により同定し,パルノー石と葉銅鉱は特徴的な結晶形態とEDS分析により同定している。