[所在地]山口県岩国市周東町川上
発見の詳細は不明である。東京地学協会発行の「日本鉱産誌」には、昭和18〜26年に稼行した記録が見られる。マンガンを採掘した鉱山である。山口県下松市から広島県大竹市にかけて数多くのマンガン鉱山が存在していた。この鉱山もその中の1つだが、割合鉱量が多く中規模の鉱山だったようだ。マンガンの品位は35〜40%とされている。中生層の玖珂層群のチャート中の層状マンガン鉱床である。九州大学教授理学博士である吉村豊文氏著「日本のマンガン鉱床」には鉱床の詳細な位置図が示されている。鉱山名は稼行当時の高森町に因むものと思われる。鉱床はいくつかあり、このうち地図上に示しているものは堤鉱床である。資料によれば高森駅から4kmの近距離にあり、交通も便利と記載されているが、現地は県道から直距離で300m離れており、徒歩では500m内外の距離になる。県道沿いの民家の近くから山に入り、急斜面の山腹をトラバースしながら地図を頼りに進んで行くこととなるが、山中の奥深い所にあるため場所は分かりにくい。現地は浅い谷の左斜面に小さいながらもズリが見られ、転石から鉱山跡であることが認識できる。またズリのやや上部には坑口も見られる。ズリ中には、ネオトス石、パイロファン石、菱マンガン鉱、単斜末野閃石、滑石、バラ輝石が見られる。このうちパイロファン石は赤味を帯びる黒色の板状結晶として見られ、滑石はバラ輝石の近くに薄緑色の塊状として見られ、バラ輝石は結晶面が確認できる見栄えの良いものが見られる。その他資料によれば閃マンガン鉱、ハウスマン鉱、テフロ石の産出報告が見られる。単斜末野閃石、滑石を産することからマグネシウムに富む部分がある。 |